迷える仔羊はパンがお好き?
  〜聖☆おにいさん ドリー夢小説


     



前日も梅雨催いの曇天だったお天気が一転し、
今日は久し振りのいいお天気だったその中で。
彼ら最聖人二人の、地上バカンスの拠点にして、
小さいけれど住み良い我が家でもある松田アパートのすぐ前に、
見知らぬ少女が ずっとずっと座り込んでいて。
待ち合わせにしては様子がおかしい、
さりとて不用意に声を掛けるのも、
こちらの素性が微妙なせいで、何だか忍びないし…なんて。
人を導く存在でもあった彼らにはあるまじきこと、
もしかしてマーラや悪魔にあらぬ幻惑でもかけられたかと、
はっと我に返ってから、その迷いへ深い疑いを掛けたほどに。
(マーラさんには濡れ衣です、勿論。)
う〜ん
彼らには妙に疑い深くなってのこと、
どうかしましたかという声掛けのタイミングへ躊躇しておれば。

  ふら……っ、と

自分たちは感じなかったほどのささやかな風にも、
体力敵わず負けてしまって打ち倒された、か弱い野花のように。
意識を失ってしまったか、
その場へ頽れ落ちての、倒れ込んでしまったお嬢さんであり。

 《 うわわ、どうしようっ!》
 《 救急車を…っ。あ、いや、待って。》

すぐ間際に居合わせたブッダはもとより、
二階というアパートの窓辺にいた身のイエスも、
気に掛けるあまり ずっと見ていた子の難儀だけに、相当に驚いたのだろう。
ついつい直前まで使っていたテレパシーのまま、
あたふた慌てて叫んでしまっていたのへと。
こちらはもちょっと冷静か、
携帯電話を取り出しながら、
地面へ膝をついての至近となり、彼女の容体を伺えば、

 「……ブッダ?」

何だか重い沈黙が、相変わらずに人通りのない通りに満ちていて。
そんなに深刻か、もしかして救急車も役には立たぬのかと、
どんどんと思考が悪いほうへ転がるイエスの耳へと届いたのが、

 「大丈夫。それはきっと、お腹が空いているからですよ。」

それはそれは穏やかな語調で
優しくいたわるように、そんな言いようをする、
ブッダの声が聞こえたのだった。




     ◇◇◇


今にして思えば、
倒れたほどの空腹へ大丈夫もなかろうと思うところだが、

 「〜〜〜〜〜、美味しいですっ。」
 「それはよかった。」

ほうと安堵の息をつくブッダの傍らでは、
イエスもまたうんうんと頷いて見せる。
意識がないかと思いきや、
お腹がひゅっとして目眩いがするのです助けてと、
彼女本人が声を振り絞って訴え掛けて来たので。
これはと思い、手をかざして窺えば、

 『特にどこか具合が悪いという種の昏倒じゃあなかったのでね。』

目の前で ドサーッと倒れ込まれた日にゃあ、
さすがのブッダもイエス同様、うああっと焦ったけれど。
そんな訴えが出たくらいの、妙に気丈ではあろうお嬢さんだったのへ、
逆に落ち着かされたようなもの。
実はそれもまた、医師でもないのにという意味で立派な反則なのだが、
怪我や体内臓物の異変悪化ということではなしと容体を拾って差し上げ。
簡単なもののほうが善さそうだから、
サッと作って差し上げましょうと、微笑っての誘いかけをし。
部屋から飛び出して来たイエスにも手伝ってもらい、
自分たちの部屋まで彼女を運び上げてやり。
手早い段取りでそうめんを茹でると、
彼女へは昆布のだしを利かせた澄まし汁へふわっとかき玉を広げてやって、
そこへと麺を投入した“にゅう麺”を さあさどうぞと進呈したところ。
最初のうちは箸をもつ手も覚束なんだのが、
少しずつですよと励ましもって食べさせておれば、
傍らにいたイエスからの“奇蹟”の影響が出たものか、
それとも単純に食べての活力が満たされたか、
だんだんと元気が戻ったようであり。
どんぶり大の鉢に盛った最初の1杯、きれいに完食したところへ、
お代わりはいかがですかと問えば、
ちょっぴりうつむきながらも“はい”と頷いて見せた。

 「でも本当に残念だったねぇ。」

彼女がおいでかどうかを訊いた、一階の住人の初島さんとやらは、
管理人の松田さんによれば

 【 初島さんなら、一昨日から九州へ出張だよ。】

何でも、腕の立つ料理人だとかで、
今 勤めている店の支店の応援に駆り出され、
九州という遠い地で、一カ月ほど臨時のシェフを務めるのだとか。
松田さん自身も孫のところへお出掛けだった先へ、
わざわざ電話し、日ごろは関心寄せない人のことを訊いたからだろう、

 【 何だね、聖さんが関心見せるとは。】

 『あ、いやあの、宅配び、いやあの、
  訪ねて来た人があって、お留守みたいですがと訊かれたもんで。』

天使や天部じゃなければ嘘をついても良い…ということはなかろうし、
宅配便を預かったなぞと言ったらば、
代わりに預かっておくよと言われるのは明白だとブッダが気づいて携帯を強制交替。
辻褄を合わせるのが面倒な事態になるよりは、
半分ほど真実を並べたほうが良いと、別口の言い訳で誤魔化しての…さて。
そういう事情だそうですよと彼女へ告げると、
そろそろ使うかなと洗っておいて良かった、
夏掛けのタオルケットをかけてあげた、そのお膝に載せた鉢を見下ろしつつ、

 「〜〜〜〜〜。」

彼女さんが、小刻みに震えて見せる。

 「あっ、急に食べたから気持ち悪くなったかい?」
 「大丈夫、わたしたちにも覚えはあるし、吐いてもいいよ?」

絶食という苦行は何度も経験済みだと、いやそこまでは言っちゃあいないが、
我慢しなくていいよと宥めると、今度は ううんとかぶりを振って。

 「あた…あたし、おばさんを訪ねて来たのに、そんなのって。」

うううと嗚咽を我慢していたらしい、胃は至って元気そうなお嬢さん。
胃は落ち着いてもショックはショックだったのだろう、
さっき路上にいたときもこういう顔だったに違いない、
途方に暮れておりますというのを力いっぱい書きなぐったらこうなったというような、
見るからに“どうしよう〜”という顔となっての肩を落とす始末であり。

 「どうして前以て連絡しておかなかったの。」

こうして訪ねて来たほどなのだから、
住所も知ってるし、ずっと音信不通だったとも思えない相手なのにと、
ブッダが常套句を持ち出せば、

 「えと、あの…その。」

途端に ごにょごにょと歯切れが悪くなった彼女へと、
聞こえないよと身を乗り出し掛けたブッダの傍らで、

 「はは〜ん。」

こちらさんは、切れ長の目元をきら〜んと鋭く光らせて、

 「ワケ有りだね、お嬢さん。」

キメ顔にて問いかける“神の御子”様だったものだから。

 「何か妙なドラマでも見たのかな、イエス。」

何か降りて来たというよりも、
それってどういうモードかなという方向で、
ブッダも少女への問いかけが一端停止してしまったほどであり。
形から入りやすい彼のこと、
昨夜も夜更かししていたから、ネット配信の探偵ものでも観ていたものかと。
そこは付き合いの長さから、言動の底も見えやすい間柄ゆえ、
引っ繰り返ってしまった人を相手に、
あんまりはしゃいではいけないよと、
いつもの“アルカイック・スマイル”つきの 合いの手を出したところ、

 「…あのあの、実はわたし、家へは帰れないんですっ。」

気丈というより、むしろ熱血少女だったらしいお嬢さん。
お代わりもスープごとしっかと平らげて元気も戻ったか、
お膝から転げ落ちても大丈夫だった鉢の後ろに、小さめの両手を重ねてつくと。
自分の身の上、話してくれる気満々になったようであり。

 「わたし、といいます。
  住まいは中央区の八丁堀で、
  あのあの、実家が佃煮屋をやっているのですが。」

 「まあまあ落ち着いて、さん。」

いくら助けてもらったとはいえ、
見ず知らずの相手へ身の上を語ろうというのは、
よほどの世間知らずでもない限り、
相当に腹をくくった思い込みがあるか、
若しくはそれが破綻しそうとあっての、自棄になっているかじゃあないかとは。
そこは人生経験も…偏ってこそいるが彼女よりかは長い身なので、
ブッダにもイエスにも何となく判る。
東京駅よりも東向こうの、築地や月島がある辺りから、
西へ西へとただただ進んだ、国分寺の向こうというここいらまで。
結構な距離とややこしさを顧みずにやって来たのは、
やはりそれなりの覚悟があってのことだろが、

 「帰れないってのは穏やかじゃないね。」

この足で行ったことはまだないけれど、
築地の近くといや、そうそう地名があるくらいに佃煮も有名だったはずで。

 「もしかして、お家に博奕打ちの家族がいて、
  お金を借り過ぎたものだから、君を利子の代わりに攫いにやって来るとか?」

ああ、なんて悪習が残っているものか、
金子の対価に人の身をあてるなどとは言語道断…と。
何やら先走ってしまった黒髪のお兄さんだったのへ、

 「あのいえ、そういう事情じゃあなくってですね。//////」
 「イエス、時代劇も観たんだね。」

おう、べらぼうだいと、よく判らない江戸っ子弁の応用をしてから、
それでも話を聞こうかと落ち着いたところで、

 「わたし、将来はパン屋さんになりたいと常々思っていたんですよ。」

小さなお手々をぐうに握りしめ、
聖家のそうは高くない天井のどこかを見上げたさん。

 「今日、訪ねる予定だった伯母こそが、
  そんな夢をわたしにくれた、それはそれは腕の良いパン職人で。」

それは美味しい自家製パンを、お土産にといつも持って来てくれたし、
新作のお味見もさせてくれて。
休みになるとお店までお手伝いに行ったし、
高校に上がってからは、おばさんとは縁のない店を選んでバイトして、
修行を兼ねてのこと、基礎から学ぼうと一人で頑張ってもいて…と。
言われて見れば、きれいだが年頃の子にしては爪も延ばさずの、
ちょっと甲に節の立ちやすい、丈夫そうなお手々だよなと思いつつ。
すらすらと語られた彼女の夢のお話を、こちらもすんなりと聞いておれば、

 「なのに…なのに。」

そのお手々が両方とも握り込まれ、彼女の声も低くなり、

 「いつまでも 飛行機の運転手やバスガイドさんになりたいと、
  夢みたいなことを言ってていい年でもないだろと。」

だってあんたはあの歴史も何十年と続く佃煮屋の娘だしと、
周囲の人達はそんな風にしか思ってなかったようで。

 「ちゃんたら、
  パン屋さんなりたいだなんて いつも言っててウケルーとか。
  相談した友達からまで
  いっそネタみたいに思われてたらしくって。//////」

 「うあ、それはちょっと。」

大昔の封建時代じゃあるまいに。
少なくとも今現在のこの国は、
職業選択の自由が認められてる時代と土地柄だろうにね。
幼いころからのずっと、真摯に目標にしていたことを、
そんな風に言われたなんて、

 「こんな繊細そうなお嬢さんへ、そんな言いようをするなんて。」

しかもしかも周囲がほぼ全員、
彼女が跡を継ぐことを信じて疑ってなかったらしく、

 「だから、わざわざ言わなかったんだと言われて。」

もう進路を決める時期だし、行きたいなら大学進学も構わないが、
その先はどうするのかと。
外のお店へ出て見ての修行するか、
ウチで仕事を覚えつつ本格的な仕込みへも手をつけ始めるか。

 「そのどれかを選べと言われたんです。」

うううと、畳についてた手をますますと握り込むだったのへ、

 「それはもはや迫害に等しい軋轢ではないだろうか。」
 「決められたレールしか歩めないとは、確かに辛いものがありますね。」

ましてや、ちゃんと目指す道もある人だというに、
それはちょっと理不尽じゃないかしらと。
やや直情的なイエスに比べたら、落ち着きのあるブッダにも
感心しない話ですねと感じられた顛末であり。
まだまだ幼い年頃であろう、
こうまで年若いお嬢さんの前途に立ち塞がった厳しい艱難へ、
成程、思い切った行動に出てしまったお気持ちも判らないではないですねと、
一応の理解は寄せたものの、

 「伯母に前もっての連絡しなかったのは、
  電話番号やメアドをそういえば訊いていなかったのと、」

何せ、家族ぐるみでのお付き合いをしている相手ですから、
家の固定電話に記録されてもいて。

 「そんなこんなをわざわざ移し変えてるところなんて気づかれたら、
  こちらへ先回りの追っ手がかかるかもと思ったんですよぅ。」

 「そ、それは…。」

幼子には幼子ならではの用心や工夫があるらしく。
言われてみれば、そういうところからこそ、
そういえば…と心当たりとされやすいのも事実には違いない。
ただ、

 「でも、肝心な伯母がいないのではしょうがないですよね。」
 「う〜ん…。」

現実という障害の、なんと冷然としていることかと、
細い肩をくたくたと落とし込み、
再び打ちひしがれてしまったお嬢さん。
どこのお宅の軒先からだろか、
気の早い風鈴の音がちりりんとかすかに聞こえて来。
もっと遠くを走るスクーターの走行音もして。
表のそんなささやかな物音のせいで、
このフラットがどれほど静まり返っているかが強調されていたけれど。

 そんな中へと響いたのが、
 ぴぴーぴぴーぴぴーっという電子アラームのお知らせの音。

 「あ…。」
 「ご飯が炊けたのですね。」

いささか拍子抜けさえ誘うような、皆様にお馴染みの生活音ではあったれど、
急なお客(?)もあってのこと、そうめんだけでは足りないかもと、
ブッダが仕掛けた高性能炊飯器が、
今日もいいお仕事を果たしてのこと、炊けた炊けたと知らせて来たのであり。
真剣真摯な話の最中に、水を差したようですまなかったなぁと見やっておれば。

 「あ、私だけ いただいてしまってすいません。」

お話を聞いたくださった大人が二人、そういやお食事もまだのようでと、
誰にもまともに受け止めてもらえなんだ話、
聞いてもらえただけでもやや落ち着いたのだろか。
悪く言って、気落ちが過ぎての放心状態なのかも知れぬと感じたか、
ブッダとイエスが、ややはらはらと、
腫れ物に触るような心持ちで見やっておれば、

 「……。」

ふらりと立ち上がった さん。
お膝から落ちたタオルケットもそのままに、キッチンスペースへ足を運ぶと、
先程美味しい“にゅう麺”を作ったナベの傍ら、
丸皿に上げられた昆布を見やって、

 「これ、お使いになりますか?」

手づから料理をしたブッダへと訊く。

 「あ、いいえ。」

いい昆布じゃああったれど、
あいにくとそれをさらに調理する術はまだあまり知らない。
確か、細かく刻んで時間を掛けて煮詰めれば、

 “ああそうか、佃煮が…。”

きっと彼女のお家では、当たり前の“始末”として、
昆布やいりこはダシを取ってからも再利用するのだろうなと。
それを此処でも、やはり当たり前のこととして思い立っての、
何かしようというのなら。
黙って見守っていようと思い、立ってまでは行かないブッダにあわせ、
イエスもまた小さな少女が、まな板と包丁を引っ張り出してのコトコトと、
素材を刻み始める様子を見ておれば、

 「…。」
 「…。」
 「……ブッダ。」
 「…うん。」

厚みのある、しかもややすべりやすいだろう戻し昆布を
苦もなく短冊状に切り分けると。
そのまま重ねるという荒業の下、
ざくざくざくと危なげなく細かく刻んでゆき。
小さめのフライパンを見つけてかざし、目顔で訊いて来たのへ、
うんとブッダが頷いたのを了解と解釈し。
砂糖と水とを分量入れての沸騰させる前に昆布を投入。
木べらでこりこりと、泰然としたリズムでかき回し、
彼女なりのタイミングなのだろう、醤油と味醂を加えて再び掻き混ぜて…。

 「出来ました。」

突貫ですので味が浅いかも知れませんがと、
洗い物を伏せてあったザルから見繕ったらしい小皿へ、
取り分けたのをどうぞと運んで来た彼女だったので。
一連の行動、じいと見つめていた大人の二人がはっとして、
あたふた卓袱台を出しの、食器を揃えのと立ったり座ったりがあってのち。

 「いただきます。」

作った少女を前に、ではご相伴させていただきますねと。
自慢の炊き立てご飯に、
上手な飴色に煮上がった昆布の佃煮…というか、煮物を乗っけてパクリといけば、

 「…っ!」
 「…っっ!」

何だこれ、何だこれ。
あんな短い間に何でこんなに中まで染みてるの?
それに、歯ごたえがいい昆布自体のダシ風味にまといつく、
砂糖の甘さと醤油の辛さの、絶妙なバランスの見事さよ。

 「少し焦げてる砂糖のほろ苦さがまた、ご飯の甘さに合ってて後を引く〜。」
 「歯ごたえも絶妙だよ。さくさくと心地よく噛み切れる快感がすばらしい。」
 「あ、お好みで ゆずこしょうか一味をかけても乙ですよ?」

お部屋の一角に置き去りだったトートバッグを引き寄せると、
中から取り出したのが、マイボトルを持ち歩いておいでらしい、
瓶詰めのゆずこしょうと一味とうがらしで。
それを取り出しつつ、あっと気がついたものがあったようで、

 「よろしかったらこれもいかがですか?」

子供の拳ほどという大きさのタッパウェアが4、5個ほど、
次々に卓袱台の上へと並べられ、

 「こっちは牛の切り落とし、こっちはシラスで。」

どうやら、それも持ち歩き用の佃煮であるらしく。

 「あと、こっちはコンニャクのヒリヒリ煮と、
  ゴボウに長イモに。
  あ、こっちはブロッコリーです。」

 「…そんなのの佃煮なんてあるの?」

そも、長期保存のために開発されたのが佃煮で、
肉や魚を素材自体から滲み出るダシで風味豊かに仕上げるのが主だが、
椎茸や昆布、それから、

 「私、ベジタリアンの友達がいたんで、
  リクエストに応じて大概のものは佃煮にしてたんですよね。」

 「じゃあこれって全部?」

お店のとか、ご両親が作ったものじゃあなくて?と、
くどいようだが確認のためにと訊いたれば。

 「はい。味の濃さの好みがありますから。」

自分で作ったものだと、呆気なく頷く造作の無さよ。
肉や魚はあいにくとブッダには手が出せないものの、
美味い美味いと箸が止まらぬらしいイエスを見ておれば
出来のほどは十分判るし。
こんにゃくやゴボウはともかく、
ブロッコリーのも恐る恐る食べてみたところが、

 「………何でまた、こんな美味しいのが出来るかな。」

房状になっているつぼみのところに十分しっとりと汁がまといつき、
だが齧れば芯のところが やはりやはり程よい歯ごたえで。
何より、一緒に含んだご飯の甘さを、ぐいぐいと引き出す相性の善さよ。

 食すこと自体を
 ほうという吐息と共に幸せに感じられる、正しく逸品。

 「こんなの作れる腕があれば…。」
 「だよねぇ…。」

彼女の周囲のかたがたを、
なんて理解のないとか非情なとか非難しかかってたものの。
いやいや、いやいや、むしろ理解しておればこそ、
こうまで上手なのに他の道なんて勿体ないと、
佃煮を作るしかないっしょと。
そりゃあ勧めるわぁと、今頃納得に至った聖人のお二人であったりし。

 “でもまあ…。”

そうだ、彼女が最後の頼りと、突貫で訪ねて来た伯母様は此処にはいない。
仕切り直さねばならないのは明白で、
この冷徹だが動かしようのない現実を前にしては、
一旦実家へ戻るしかないこと、
さしもの行動派な嬢でも納得しはするだろうよと。
まだまだ長い人生ではありませんかと、
せめて穏やかな笑顔で送り出すエンディングに向けて、
やれやれと落ち着きを取り戻しつつあった、ブッダとイエスの二人であり。

 「こちらの昆布の、鉢へ移しておきましょうね。」

昆布が結構大きかったので、まだフライパンに残っているらしく。
骨惜しみをしないでたったかと、腰を上げての動きが軽快なのも、
職人堅気なお宅でようよう仕付けられている証拠だろう。
食器棚というのが見当たらないからという、ごくごく自然な連動、
流しの下の合わせ戸をぱかりと開いた彼女だったが。

 「あ…………。」
 「あ"…………。」

しまったそこにはと、
作った“本人”よりも管理担当のブッダのほうが先に あああと焦って見せる。
そう、ついつい楽しいことや微笑ってしまった拍子に奇跡を起こしたイエスが、
食器を変身させたパンがたんと、
本来の置き場所だからという妙な理屈から並べられていて。

 「これって……。」
 「ああいやその、なんだ。」

えっとあのその、実はそう、
こっちの彼はパンが主食なんでつい買い溜めをとか、
言い訳を繰り出しかけたそれへとかぶって、

 「なんて見事なパンですかっ!」
 「…………はい?」







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 *無理が多すぎますかしら。続きはもちょっとお待ちを。

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